「 2016年02月 」一覧

大河ドラマ「真田丸」第六話「迷走」レビュー

大河ドラマ「真田丸」第六話「迷走」レビュー

信繁の姉・松たちは安土城から脱出したが、明智軍に追われ松は、琵琶湖から身投げしてしまう。真田の荘へ帰ってきても信繁は、自分を責める。北条、徳川、上杉が武田旧領を狙う中、昌幸は滝川一益に母・とりを人質に差し出す。が、岩櫃城、沼田城を奪取し、真田家の独立を目指す昌幸は「大博打の始まりじゃー!」と叫ぶのであった・・・。

「真田太平記」第2話「天魔の夏」感想。往年のドラマを視聴。

「真田太平記」第2話「天魔の夏」感想。往年のドラマを視聴。

「真田太平記」第2話「天魔の夏」では武田滅亡から沼田城奪取までを真田家を中心に描いている。織田信長より滝川一益は上野一国、信濃の佐久、小県を与えられ、真田家は、滝川一益の与力武将の立場になる。真田昌幸は、一益より小県を今までどおり任せれることになる。信長が本能寺の変で倒れたことにより、沼田城を奪取する真田家だが・・・。

「真田太平記」第1話「若武者たち」感想。往年のドラマを視聴。

「真田太平記」第1話「若武者たち」感想。往年のドラマを視聴。

「真田丸」の影響のせいか、久しぶりに「真田太平記」を視聴してみる。「真田丸」と「真田太平記」を比べてもしょうがないが、比較しながら書きたいと思う。第1話では織田信長による武田討伐から武田滅亡までを描いている。ドラマの最後では、真田昌幸が信長につくことを決意する。真田家にとっての激動の天正十年のはじまりである・・・。

滝川一益、神流川の戦いで敗走、清須会議に出席できず。そして晩年

滝川一益、神流川の戦いで敗走、清須会議に出席できず。そして晩年

滝川一益、「真田丸」では段田安則が演じてます。管理人の勝手なイメージは、甲賀出身で忍者の匂いもして、鉄砲の名手というひどく荒いイメージでした。本能寺の変後は、羽柴秀吉と柴田勝家にばかりで滝川一益に気がまわりませんでしたw甲賀出身で忍者のイメージは、漫画「花の慶次」の影響です。きっとw織田四天王、織田五大将でもあります。

真田家から見る沼田領問題。天正壬午の乱から小田原征伐まで。

真田家から見る沼田領問題。天正壬午の乱から小田原征伐まで。

真田家から見ると沼田領は、重要な領土であった。沼田領問題は、天正壬午の乱から小田原征伐に至るまで、なかなか解決しなかった。真田昌幸が変幻自在に主君をかえながら、なんとか沼田領を死守する。豊臣秀吉の裁定により北条家の領土になるが、北条氏滅亡後は、真田信幸(信之)が城主になることで、ふたたび沼田領は真田家に戻るのである。。

本能寺の変から豊臣秀吉への臣従までの真田昌幸、まさに表裏比興の者

本能寺の変から豊臣秀吉への臣従までの真田昌幸、まさに表裏比興の者

本能寺の変により織田信長を失った真田家。大きな後ろ盾を失った真田家は豊臣秀吉に臣従するまで、たびたび主君を替えながら家の存続を目指す。結果、信幸(信之)の真田家は幕末まで残り、明治維新をむかえる。真田昌幸は数々の苦渋の決断がありながら、真田家の立ち位置を変える。管理人の頭を整理すべく、記事投稿します。。

大河ドラマ「真田丸」第五話「窮地」レビュー

大河ドラマ「真田丸」第五話「窮地」レビュー

大河ドラマ「真田丸」第五話「窮地」レビュー記事です。本能寺の変で織田信長は死んだ。大きな後ろ盾を失った真田家は、またもや窮地に立つ。一方、徳川家康も窮地に立っていた。家康は、岡崎城へ帰還する方法を模索し、「伊賀越え」を決意する。人質となっていた信繁の姉・松を救い出すべく、信繁は安土からの脱出を試みるのだが。。

神君伊賀越え。徳川家康、生涯最大の危機

神君伊賀越え。徳川家康、生涯最大の危機

1582年(天正10年)6月2日、織田信長は明智光秀の謀反により、本能寺にて自害。「本能寺の変」である。その時、徳川家康は僅かな供廻とともに堺見物をしていた。本能寺の変の報を聞いた家康は、取り乱す。最初、京の知恩院に駆け込んで、自害しようとする。が、家臣たちに説得され、伊賀を超えて三河に帰ることを決意するのであった。。

徳川家斉の正室、寔子(ただこ)、広大院。晩年は「従一位」を授かる

徳川家斉の正室、寔子(ただこ)、広大院。晩年は「従一位」を授かる

江戸幕府の11代将軍・徳川家斉の正室、寔子(ただこ)。金曜プレミアムスペシャルドラマ「大奥」では光浦靖子が演じる。調べてみるきっかけになった。事実上、はじめて外様大名からの輿入れで、その流れは13代将軍・徳川家定の御台所、天璋院篤姫と続く。晩年は「従一位」を授かり、「一位様」と呼ばれるようになる。。

板垣信方、武田(晴信)信玄の傅役で武田二十四将。板垣退助の先祖

板垣信方、武田(晴信)信玄の傅役で武田二十四将。板垣退助の先祖

板垣信方は武田氏の家臣で譜代家老。武田二十四将、信虎・信玄初期時代の武田四天王の一人。甘利虎泰、飯富虎昌、原虎胤らと共に武田信虎時代から仕える。武田晴信(信玄)による信虎追放の主導的役割を果たす。武田晴信(信玄)が家督を相続すると、家臣団の筆頭格になる。家紋は「花菱(裏花菱)」。明治の元勲・板垣退助は子孫になる。