江戸幕府の11代将軍・徳川家斉の正室、寔子(ただこ)。金曜プレミアムスペシャルドラマ「大奥」では光浦靖子が演じる。調べてみるきっかけになった。事実上、はじめて外様大名からの輿入れで、その流れは13代将軍・徳川家定の御台所、天璋院篤姫と続く。晩年は「従一位」を授かり、「一位様」と呼ばれるようになる。。
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目次
最初は篤姫、於篤を名乗る
広大院(こうだいいん)。1773年8月6日(安永2年6月18日)~ 1844年12月19日(天保15年11月10日)。江戸幕府の11代将軍・徳川家斉の正室(御台所)。
実父は薩摩藩8代藩主・島津重豪、実母は側室・市田氏(お登勢の方(慈光院))。養父は近衛経熙。
1773年(安永2年)6月18日に鹿児島城で誕生。最初の名は篤姫、於篤。誕生後、そのまま国許の薩摩にて養育される。
ちなみに13代将軍・徳川家定の正室(御台所)となる天璋院篤姫は、広大院の「篤姫」にあやかって名乗っている。
一橋豊千代(のちの徳川家斉)と婚約
篤姫3歳のときに、一橋治済の息子・豊千代(のちの徳川家斉)と婚約。この時、名を「茂姫」と改める。婚約に伴い、芝三田の薩摩藩上屋敷から江戸城内の一橋邸に住居を移す。
「御縁女様」と呼ばれ、婚約者の豊千代と一緒に養育される。
10代将軍・徳川家治の嫡男・家基の急逝により、一橋豊千代が次期将軍と決まり、家治の養子となる。
この時、一橋豊千代と茂姫の婚約が問題になるのである。慣例では、将軍家の正室は五摂家か宮家の姫だからである。茂姫の場合は、「外様大名の姫」ということで全く前例のないことだったのである。
島津重豪は、義理の祖母である浄岸院の遺言であると主張。浄岸院って人は、徳川綱吉・吉宗の養女です。よって幕府側も重豪の主張を認めます。
近衛寔子(このえただこ)として徳川将軍の正室(御台所)へ
将軍家の正室は公家や宮家の娘を迎える事が慣例であることに従い、茂姫は家斉の将軍就任の直前、近衛家及び近衛経熙の養女となるために茂姫から寧姫と名を改める。
経熙の娘として家斉に嫁ぐ際、名を再び改めて「近衛寔子(このえただこ)」として、輿入れするのである。島津家と近衛家は縁続きである。
この婚儀により、島津重豪は前代未聞の「将軍の舅である外様大名」となり、のちに「高輪下馬将軍」といわれるほど権勢を誇るのである。
1796年(寛政8年)には家斉の五男・敦之助を産む。御台所が男子を出生するのは2代将軍・徳川秀忠正室お江与の方以来である。
3年前に側室が産んだ敏次郎(後の家慶)が将軍家世子と定められていたため、敦之助は御三卿の一つ・清水徳川家の養子となった。しかし、敦之助はわずか3年後の1799年(寛政11年)に亡くなってしまう。
1798年(寛政10年)にも懐妊するが流産してしまっている。
とはいえ、御台所となって以来、側室が生んだ数多い家斉の子供は、すべて「御台所御養」として茂姫の子とされ、正室としての権勢はゆるぎのないものだった。
「一位様」としての晩年
1837年(天保8年)、家斉が隠退して「大御所」となって西の丸に移ると茂姫も西の丸に移る。茂姫は「大御台様」呼ばれるようになる。1841年(天保12年)、夫・家斉の死去に伴い落飾して「広大院」を名乗る。
1842年(天保13年)、広大院は従一位の官位を授かり、以後「一位様」と呼ばれるようになり、権勢を保った。生前に従一位を授けられた御台所は、過去には天英院(6代将軍・徳川家宣の正室)しかいない。
1844年(天保15年)5月10日、天ぷら調理が原因で火事を起こし、本丸は全焼する。同年11月10日に大奥にて死去。法名「広大院殿超誉妙貞仁大姉」。墓所は増上寺。夫の家斉とは別の寺に葬られた。
水野忠邦による「天保の改革」の綱紀粛正の一環
大御所・家斉死去に伴い、老中・水野忠邦は天保の改革の綱紀粛正の一環として、寺社奉行・阿部正弘に、家斉夫妻の帰依が厚かった感応寺の処分を任せる。
感応寺は、家斉の寵愛する側室・お美代の方の実父・日啓の願いにより、1835年(天保5年)に再興された。
家斉とともに茂姫も尊崇したために、大奥女中の代参が多く、風紀の乱れが公然化していた。阿部は日啓を女犯の罪で捕らえ、感応寺を取りつぶす。
将軍家の権威に傷がつくことを恐れて、大奥関係者には咎めを及ぼさなかったといわれる。ただし、西の丸大奥の筆頭女房・花園とお美代の方は、押込になったという記録がある。
またこの時、広大院の用人・山田日向守と御広敷番頭・稲田八郎左右衛門がお役御免を申し出て職を退いていて、責任をとったものと見なされる。
金曜プレミアムスペシャルドラマ「大奥」、第一部~最凶の女~では、お美代の方を沢尻エリカ、日啓を田中要次が演じている。
参考サイト
参考サイトは以下のとおりです。本当にありがとうございました。
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まとめ
金曜プレミアムスペシャルドラマ「大奥」では、描かれていなかった徳川家斉の正室、寔子(ただこ)を知ることが出来ました。オアシズ・光浦靖子に感謝(笑)。
光浦が正室、寔子(ただこ)を演じてなかったら、調べなかったかもしれないので、ほんとうに感謝である!
それでは感謝の気持ちでしめます。いつもありがとうございます。。。by aki(@aoplanning_com)
お読みくださってありがとうございました。それでは。