「真田丸」第25話「別離」感想。鶴松の死、それは悲劇の序章
正直、第25話「別離」は見ていて疲れた。もちろんいい意味での疲れであるのだが。天下一統を果たし、絶頂に思えた秀吉だが、ここからジワジワと崩壊が始まる。大和大納言・豊臣秀長の死、千利休の切腹、鶴松の死を描いた放送回だった。死を扱っているが、反対の生きることを訴えかけているようにも思えた・・・。
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正直、第25話「別離」は見ていて疲れた。もちろんいい意味での疲れであるのだが。天下一統を果たし、絶頂に思えた秀吉だが、ここからジワジワと崩壊が始まる。大和大納言・豊臣秀長の死、千利休の切腹、鶴松の死を描いた放送回だった。死を扱っているが、反対の生きることを訴えかけているようにも思えた・・・。
呂宋助左衛門は伝説的貿易商人であり、1978放送の大河ドラマ「黄金の日日」でも描かれている。なんと「助左」が「真田丸」にも登場する。感慨深い物があります。助左衛門は巨万の富を得たが、あまりにも華美な生活をしたため邸宅没収処分を受けている。助左衛門が秀吉に献上したルソン壺は偽物で現地人の便器であったとも言われている。
大河ドラマ「真田丸」が真田家を描いたドラマなのはわかっている。ここ数回は丁寧に北条を描いてきただけに少し残念に思った放送回だった。小田原を拠点とした北条家による関東支配が終わった。北条氏政の最期は見事であり、北条家が好きになった。少し残念に思ったけど、こんなに丁寧に北条を描いたドラマもないだろう・・・。
関白・豊臣秀吉は総勢20万を超える大軍勢で小田原征伐を決行した。この時期、明攻めを意識していたはずなので、本当に予行演習のつもりだったのだろうか。ここ数回は北条回といえるくらいに丁寧に描いているように思える。どうせなら千利休つながりで山上宗二にも触れてほしいものだが流石に・・・。まあ真田家のドラマだもんなー。
関白・豊臣秀吉の沼田領裁定により、天正壬午の乱以降の沼田領問題は解決したかに見えた。北条氏政は沼田領裁定を不服とした。北条家では上洛要請に関しても軽く見ていたようであり、事態の重大さを感じていなかったようである。そもそも氏政は秀吉を軽く見ていた。関東の覇者たる自負がある氏政にとっては仕方がないように思えるが・・・。
関白・豊臣秀吉は天下統一を焦っていた。捨(鶴松)のためか、自分の年齢のためか、次に見えている唐攻めなのかはわからない。秀吉の周囲の人間は、おのずと運命を翻弄される。家康は沼田領問題を喉に刺さった小骨と表現している。真田家・北条家・徳川家、そして豊臣家。それぞれの思惑を秘め、沼田領問題が少しづつ動きだす・・・。
秀吉は民を恐れた。自分が民であったこともあるが、民の恐ろしさを知っているのである。その昔自身は、その民にさえも虐げられた。コンプレックスからか聚楽第落首事件では異常な裁きをする。我々が勘違いしているだけで、秀吉にとっては普通の裁きかもしれない。北政所が言うように秀吉は最初から何も変わってないのかもしれない・・・。
真田家では源三郎信幸と本多平八郎忠勝の娘・稲との縁組の話が持ち上がった。この話は徳川家からの申し出である。真田家にとっても悪い話ではないが、源三郎信幸には「正室・こう」がいる・・・。大坂の源次郎信繁は自分のことで精一杯である。茶々との関係が城内で噂されていた。そんな中、茶々が秀吉の側室になることが決まった。
最初は秀吉に拝謁できなかった真田昌幸と源三郎信幸。源次郎信繁の取り計らいでなんとか拝謁にこぎつける。真田家は本領を安堵され秀吉の直臣になったが、徳川家康の与力を命じられる。よりによって家康の与力に・・・。真田家にとっては悪いことばかりではなく、良いこともあった。松の記憶が戻った。この先真田家に何が待っている・・・。
紆余曲折ありながら真田討伐は中止された。豊臣家からしたら予定通りである。真田家は駒に使われた。所領の大きさから考えて仕方がないだろう。秀吉は妹・旭姫を徳川家康の正室にし、母・大政所までも人質として送り込んだ。さすがの家康も上洛を決意。陣羽織を所望する有名な秀吉への臣従。果たして真田家の取るべき道は・・・。