「真田丸」第19話「恋路」感想。茶々が側室、秀吉政権崩壊の一歩

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真田家では源三郎信幸と本多平八郎忠勝の娘・稲との縁組の話が持ち上がった。この話は徳川家からの申し出である。真田家にとっても悪い話ではないが、源三郎信幸には「正室・こう」がいる・・・。大坂の源次郎信繁は自分のことで精一杯である。茶々との関係が城内で噂されていた。そんな中、茶々が秀吉の側室になることが決まった。

こんにちは、こんばんは、はじめまして、毎度です(笑)。aoplanning.comの管理人aki(@aoplanning_com)です。

「恋路」のタイトルから「源次郎信繁と茶々」「きりと源次郎信繁」「秀吉と茶々」「源三郎信幸と稲」の男女の恋模様でも描くのかと思っていたが・・・。

歴史好きの管理人が大河ドラマ「真田丸」レビューを好き勝手に記事投稿します。

それではいってみよう!

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大河ドラマ「真田丸」第19話「恋路」あらすじ

源次郎信繁は、茶々を介して秀吉への拝謁を頼んでいた。その取り計らいにより父・昌幸は秀吉への拝謁が可能になった。

約束通り、源次郎信繁は茶々の願いを聞く。茶々は秀吉から近づくことを禁じられていた蔵に源次郎信繁を連れ出す。蔵には秀吉の武具などが格納してあった。

茶々は源次郎信繁に今までのことを話し始める。父・浅井長政、養父・柴田勝家、母・お市の方の最期を。そして兄・万福丸が秀吉により磔にされたことを・・・。織田信長の命令なのだが、茶々の身内の死には全て秀吉が関わっている。

一方、昌幸と源三郎信幸が滞在している駿府城では、源三郎信幸と本多平八郎忠勝の娘・稲との縁組の話が持ち上がる。家康としても真田家を監視する意味があり、危なっかしい真田家を抱き込んでおきたい。

この縁組は真田家にとっても悪い話ではない。徳川の人質を取るようなものである。家康からの申し出であるため断りにくいが、源三郎信幸には正室・こうがいる・・・。

大坂城内では茶々と源次郎信繁の関係が噂になった。秀吉に茶々とのことを問われる源次郎信繁であるが、一旦は切り抜けるが、聚楽第で茶々がうっかり喋ってしまう。秀吉の表情が変わった。その場に居た石田三成・大蔵卿局・源次郎信繁は凍りつく。

秀吉は源次郎信繁を問いただす。源次郎信繁も正直に茶々と蔵に行ったことを白状した。秀吉は、どの蔵に行ったかを茶々に問いただす。

やはり秀吉が茶々に蔵に近づくことを禁じたのには理由があった。あの蔵には茶々が見てきた嫌なことが詰まっている。だから秀吉は茶々に蔵に近づくことを禁じた。秀吉なりの配慮であり、優しさである。秀吉は茶々に側室になることを告げる。

茶々は正式に秀吉の側室になった。それが何を意味するのか。

有働由美子アナのナレーションで第19話「恋路」は終わる。

「それは間違いなく秀吉政権が崩壊へ向かう最初の一歩であった・・・」

平野長泰と加藤清正

大坂城内では茶々(竹内結子)と源次郎信繁(堺雅人)の関係が噂になった。

平野長泰(近藤芳正)が加藤清正(新井浩文)に噂を流す。それを片桐且元(小林隆)が立ち聞きする。

清正(新井浩文)は且元(小林隆)に、茶々(竹内結子)と源次郎信繁(堺雅人)のことを秀吉(小日向文世)に伝えるように言う。

源次郎信繁(堺雅人)は清正(新井浩文)につけ狙われる。が清正(新井浩文)は、タイミングよく九州へ派遣される。

平野長泰(近藤芳正)だが、またスルメを食べている。平野(近藤芳正)にとって、スルメは「定番のアイテム」になった(笑)。

平野長泰。賤ヶ岳の七本槍のひとりだが、唯一人大名になれていない
「真田丸」で平野長泰が登場するとは思っても見なかった。賤ヶ岳の七本槍のひとりだが、唯一人大名になれていない。平野氏は鎌倉幕府の執権・北条氏の庶流の子孫、父・長治は清原業賢の子(清原宣賢の孫)とする説がある。秀吉からは大和国・十市郡田原本近隣七ヶ村に5千石の知行を与えられ、従五位下・遠江守に叙任。豊臣姓を下賜。
加藤清正。賤ヶ岳の七本槍だが、従五位下主計頭に込めた秀吉の思い
熊本城築城、賤ヶ岳の七本槍、虎退治、地震加藤などで有名な加藤清正。エピソードが多い武将だ。意外だが、文禄・慶長の役まで大軍を指揮していない。当初から石田三成と対立していたわけではなく、ただの「猪武者」でもないようだ。勇猛果敢な豪将のイメージがあるが最初の官位は従五位下・主計頭である。そこに込めた秀吉の思いとは・・・。

真田源三郎信幸と稲、そして正室・おこう

駿府城では徳川家康(内野聖陽)が、源三郎信幸(大泉洋)と本多平八郎忠勝(藤岡弘、)の娘・稲(吉田羊)の縁組を画策。稲(吉田羊)を家康(内野聖陽)の養女にして、あくまで徳川と真田の縁組にするというのだ。

源三郎信幸と稲(小松姫)は仲睦まじい夫婦であったと伝えられている。

源三郎信幸(大泉洋)の正室・こう(長野里美)の出自が初めて語られたのが印象的であった。

こうは「清音院殿」と呼ばれた正室だ。ドラマのとおり、父は真田信綱、昌幸(草刈正雄)の長兄である。

信幸(信之)と清音院殿は、いとこ同士になるが当時は珍しいことではなく、よくあることである。

これからの「おこう(長野里美)」が、どのように描かれるのか楽しみデス。

真田信幸(信之)と本多平八郎忠勝の娘、正室小松姫
弟真田信繁(幸村)と違って地味な印象がある真田信幸(信之)。しかし関ヶ原の戦い、大坂の陣を乗り越え真田家を残すのは真田信幸(信之)である。そして信幸(信之)の真田家は幕末まで残り、明治維新をむかえる。その血筋は現在まで残る。信幸(信之)の正室は本多平八郎忠勝の娘、小松姫である。この二人に焦点をあてて記事投稿をします。
小松姫(稲姫・小松殿)。真田信幸(信之)の正室、父は本多平八郎忠勝
本多平八郎忠勝の娘からか、「薙刀」を持った逸話からか、気丈なイメージがある小松姫。真田信幸(信之)との夫婦仲は良かったようです。信幸(信之)とは仲々子供ができなかったようで、信幸(信之)に側室をすすめています。真田家には徳川家康の養女として嫁いでます。小松姫といえば沼田城での薙刀で武装している姿ですが・・・。
清音院殿、真田信幸(信之)の正室で信吉を産む。真田丸では「こう」
真田丸では「こう」という名前で、女優・長野里美が演じている清音院殿。清音院という名前は戒名からである。真田信幸(信之)の正室で長男・信吉を産みます。父は真田信綱。母は於北殿(高梨政頼の娘または妹)。のちに信吉は沼田城主になっている。大河ドラマ・真田丸での「おこう」は病弱ではあるが、魅力的なキャラクターになっています。

茶々と真田源次郎信繁

茶々(竹内結子)は源次郎信繁(堺雅人)にドキッとするようなことを言っている。

茶々(竹内結子)「わたくしと源次郎は不思議な糸で結ばれてるような気がするのです」

茶々(竹内結子)「離れ離れになっても、あなたはいつか戻ってくる」

茶々(竹内結子)「そして私たちは同じ日に死ぬの」

源次郎信繁(堺雅人)「遠い先であることを祈っています」

秀吉(小日向文世)が寧(鈴木京香)の膝枕で大坂城の難攻不落と茶々(竹内結子)の難攻不落さを話すシーンがある。

不思議な糸で結ばれてるように、約30年後、真田信繁は大坂城に戻ってくる。

難攻不落の大坂城が舞台になる大坂冬の陣・大坂夏の陣だ。そして秀吉(小日向文世)が難攻不落といった大坂城は豊臣氏終焉の地となる。

約30年後、源次郎信繁(堺雅人)は豊臣氏と運命をともにする・・・。

そして二人が死んだ日だが、

  • 真田信繁(幸村)-1615年(慶長20年)5月7日
  • 茶々(淀殿)-1615年(慶長20年)5月8日

といわれている。

淀殿(茶々)。豊臣秀吉の側室、秀頼の母、母は織田信長の妹・市
豊臣秀吉の側室・淀殿。父は浅井長政で、母は織田信長の妹・市。同母妹は初、江。子は鶴松、秀頼。猶女は完子。本名は茶々、菊子。秀吉の側室となってからは皆さんご存知だろう。秀吉が登場するドラマには欠かせない人物である。淀殿に「菊子」という名があるのは知りませんでした。淀殿といえば大坂冬の陣・大坂夏の陣なのだが・・・。
真田丸、真田信繁(幸村)と六文銭
2016年1月10日から放映される大河ドラマ「真田丸」を見るにあったて、真田信繁(幸村)を調べてみた。近年ゲームキャラクターとしての真田幸村は凄まじい人気です。「真田十勇士」などの人気も手伝ってキャラクターが実際の真田幸村を超越してるように思われます。こんなこというと夢を壊すようですが。。

豊臣政権崩壊の最初の一歩

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秀吉(小日向文世)は茶々(竹内結子)に言った。

秀吉(小日向文世)「日の本一幸せなおなごでした」と最期の時に言って欲しいと・・・。

茶々(竹内結子)は秀吉(小日向文世)の側室になることを受け入れた。

有働アナのナレーションで、秀吉政権の崩壊へ向かう最初の一歩であった。この時、豊臣家の人々は気づいていないという表現をしている。

が、寧(鈴木京香)の表情は何かを気づき始めてる表情だ・・・。

大河ドラマ「真田丸」第19話「恋路」レビュー

最初に気づいたのが真田信尹(栗原英雄)の髪型が変わりました。月代が凛々しいです!

家康(内野聖陽)に説得され、源三郎信幸(大泉洋)と稲(吉田羊)の縁組に納得した本多平八郎忠勝(藤岡弘、)。

最初は涙を流してました。可愛い娘をとられる口惜しさでしょうか。現代でも同じですよね。

忠勝(藤岡弘、)は源三郎信幸(大泉洋)の品定めでしょうか。厠にまでついていきます。強面の忠勝(藤岡弘、)に睨まれた源三郎信幸(大泉洋)は途中で止まってしまいました。下を見て確認してましたが、途中で止まってました(笑)。

茶々(竹内結子)が秀吉(小日向文世)の側室になることは、秀吉政権の崩壊へ向かう最初の一歩であり、悲劇の始まりである。

秀吉は織田信長を超えてしまった。

石田三成(山本耕史)は次の言葉で表してる。

三成(山本耕史)「茶々様を側室に迎えるということは、殿下が信長公を飲み込み、超えるということ」

三成(山本耕史)「この先、殿下はどこへ向かわれるのか」

独り言のように言って、源次郎信繁(堺雅人)に聞き流せと言っている。

三成(山本耕史)も何かを感じ始めてる。寧(鈴木京香)と同じように・・・。

第14話「大坂」であれだけ咲き誇っていた桜が、いきよいよく散り始めている・・・。

徐々に豊臣秀吉は「誰も手がつけられない怪物と化す」。「人たらし」と言われた人懐っこさがなくなるくらいに・・・。

豊臣家崩壊への賽は投げられた!

真田信尹。兄・真田昌幸の本家に尽力し、旗本・真田家を興す。
真田幸綱(幸隆)の四男であり、同母兄には信綱・昌輝・昌幸がいます。甲斐の旧族である加津野昌世の養子となり、加津野市右衛門尉信昌と称する時期もあった。武田家滅亡後は、真田本家のために尽力する。自身は、北条・徳川・蒲生・ふたたび徳川に仕える。大坂の陣では豊臣側の真田信繁を誘ったり、信繁の首の確認をする逸話が残されている。
石田三成。三献茶から佐和山城主、五奉行の一人~関ヶ原の戦い
石田三成は秀吉が天下人になると秀吉の子飼いから次第に台頭する。確かに三成は槍働きの武将ではない。忍城水攻めの失敗から戦下手のイメージもある。秀吉の子飼いでも福島正則などとは正反対の武将だ。歴史とは勝者が都合よく伝えたものがほとんどである。三成の研究が進むことを望む。でもなんだろう石田三成のことを思うと切なくなる・・・。

真田丸紀行は本多平八郎忠勝

真田丸では、少しお茶目にも描かれている本多平八郎忠勝が真田丸紀行で紹介された。

愛槍「蜻蛉切」(とんぼきり)を紹介していた。しびれましたよ!

本多平八郎忠勝といえば、

  • 兜は「鹿角脇立黒漆塗兜」。
  • 愛槍は「蜻蛉切」。
  • 鎧は当世具足「黒糸威胴丸具足」。
  • 愛馬は「三国黒」。

といわれている。

本多平八郎忠勝。小松姫の実父であり、徳川四天王、徳川十六神将
徳川四天王、徳川十六神将である本多平八郎忠勝。上総大多喜藩主、伊勢桑名藩主。官位は従五位下・中務大輔。豪将であり義の人というイメージです。真田昌幸、信繁(幸村)の助命があるからだと思います。生涯57回の戦で一度も負けなかったが、死の数日前、小刀で手元が狂って左手にかすり傷を負ってしまったことは有名である。

第20話「前兆」

第20話「前兆」では聚楽第落首事件(聚楽第落書き事件)が扱われる。

聚楽第落首事件についてまとめてみたので、よろしければ閲覧してみてください。

聚楽第落首事件。聚楽第落書き事件、豊臣政権への批判~金配り
1589年(天正17年)2月25日、いわゆる聚楽第落首事件は起きた。歴史を冷静に見れる現代人の我々からすると、豊臣政権の崩壊の始まりというか前兆みたいな事件だ。秀吉の処罰の仕方が尋常でない。狂ってるとも言える。時の権力者は批判されるが、よく思ってない人が大勢いた証拠なのか。どう考えてもこの辺から秀吉おかしいよね。

呂宋助左衛門に松本幸四郎

真田丸に呂宋助左衛門役に松本幸四郎が出演することが決定した。

感慨深いものがある。1978年放送の大河ドラマ「黄金の日日」でも同じ呂宋助左衛門役を演じてました。当時は市川染五郎であったが。

どうやら脚本家・三谷幸喜氏にとって「黄金の日日」には思い入れがあるようです。

憎い演出ですね~。楽しみデス。

呂宋助左衛門。伝説的貿易商人、秀吉に偽物のルソン壺を献上とも?
呂宋助左衛門は伝説的貿易商人であり、1978放送の大河ドラマ「黄金の日日」でも描かれている。なんと「助左」が「真田丸」にも登場する。感慨深い物があります。助左衛門は巨万の富を得たが、あまりにも華美な生活をしたため邸宅没収処分を受けている。助左衛門が秀吉に献上したルソン壺は偽物で現地人の便器であったとも言われている。

「真田丸」第19話「恋路」視聴率

堺雅人主演の大河ドラマ「真田丸」第19話「恋路」が2016年5年15日放映された。平均視聴率は17.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。

前回放送より2.1%のダウンです。

「早丸」と呼ばれるBSは4.8%で好調なようです!

Twitterで視聴率についてツイートしました。

内容は、

「第19話「恋路」の視聴率は17%かー。視聴率が全てじゃないけど、面白さとなかなかリンクせんなー。良かったけどなーw」

とものでしたが、このツイートに返信が来ました。

「早丸」「録丸」に少し視聴率を持っていかれてるとのことでした。

管理人も、そう思いますが内容が良かっただけに視聴率ダウンは少し悔しいです・・・。

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まとめ

「真田太平記」第3話「幸村初陣」で、幸村(草刈正雄)が向井左平次(木之元亮)に、こんな台詞を言うシーンがある。

「自分は佐平次と同じ日に死ぬような気がすると・・・。」

今回、脚本家・三谷幸喜氏は茶々(竹内結子)に

「そして私たちは同じ日に死ぬの」

と言わせている。

しびれるシーンであった。

「恋路」のタイトルから勝手に想像をしていた管理人の心は打ち砕かれた。よかった、本当に良かった!

そして第8話「調略」・第11話「祝言」に続き、第19話「恋路」は神回になった・・・。

それでは感謝の気持ちでしめます。いつもありがとうございます・・・。by aki(@aoplanning_com)

お読みくださってありがとうございました。それでは。

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