正覚寺。大蓮院殿(小松姫)の墓、鈴木主水が境内で自刃。沼田市鍛冶町

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群馬県沼田市鍛冶町の正覚寺。宗派は浄土宗。山号は法蔵山。1612年(慶長17年)、沼田城主・真田信之の正室である小松姫から改めて現在地が境内として認められた。以後、沼田藩からの庇護の対象となる。小松姫(大蓮院殿)の墓は沼田市指定重要文化財。真田家の重臣である名胡桃城代・鈴木主水が境内で自刃したことでも有名。

こんにちは、こんばんは、はじめまして、毎度です(笑)。aoplanning.comの管理人aki(@aoplanning_com)です。

群馬県沼田市鍛冶町にある浄土宗「正覚寺」について記事投稿してみたいと思います。

それではいってみよう!

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正覚寺を訪ねて

正覚寺。大蓮院殿(小松姫)の墓、鈴木主水が境内で自刃。沼田市鍛冶町,画像01

名胡桃城址より車で数㎞の沼田市鍛冶町・正覚寺を訪れた。

正覚寺といえば、大蓮院殿(小松姫)ゆかりの寺院である。

管理人は、以前には鴻巣市の勝願寺にも訪れていて、小松姫の墓前に手を合わせている。

今回も神聖な気持ちで、大蓮院殿(小松姫)の墓前に手を合わせてきました・・・。

正覚寺の概要

正覚寺。大蓮院殿(小松姫)の墓、鈴木主水が境内で自刃。沼田市鍛冶町,画像02

正覚寺(しょうかくじ)の創建は不詳。当初は現在の榛名町(旧根岸村)付近にあったとされる。

  • 1560年(永禄3年)、沼田万鬼斎顕泰(当時の沼田城の城主)によって現在地に移された。
  • 1612年(慶長17年)、初代沼田藩主・真田信之の正室である小松姫(大蓮院殿:本多忠勝の娘、徳川家康の養女)から改めて現在地が境内として認められた。

以後、沼田藩からの庇護の対象となった。

  • 宗派:浄土宗
  • 山号:法蔵山
  • 本尊:阿弥陀如来

正覚寺の歴史

正覚寺。大蓮院殿(小松姫)の墓、鈴木主水が境内で自刃。沼田市鍛冶町,画像03

画像は小松姫(大蓮院殿)の墓近くのお堂。これが目印になると思います。

  • 1560年(永禄3年)、沼田万鬼斎顕泰(当時の沼田城の城主)によって現在地に移された。
  • 1589年(天正17年)、真田家の重臣である名胡桃城代・鈴木主水(鈴木重則)が北条家の侵攻により城を奪われた事を恥じ正覚寺の境内で自刃。

以前は正覚寺に鈴木主水の墓石として案内されていた墓石があったようだが、どうやら他人のものであることが判明。現在、説明板は撤去されている。

名胡桃城事件。豊臣秀吉の沼田領裁定~小田原征伐のキッカケとなる
天正17年(1589年)、豊臣秀吉の沼田領裁定により、真田家と北条家が争ってきた沼田領問題は解決したかに見えた。しかし名胡桃城奪取事件は起きた。名胡桃城奪取事件が本当に起きたかどうかは別にして、結果的に小田原征伐は決行された。秀吉の沼田領裁定から名胡桃城奪取事件、そして小田原征伐に至るまでを記事投稿する。

  • 1612年(慶長17年)、初代沼田藩主・真田信之の正室である小松姫(大蓮院殿:本多忠勝の娘、徳川家康の養女)から改めて現在地が境内として認められた。以後、沼田藩からの庇護の対象となった。
  • 1620年(元和6年)、小松姫が江戸で病気となり療養する為、草津温泉に行く途中、武蔵国鴻巣で亡くなる。

小松姫は、鴻巣で火葬、勝願寺(埼玉県鴻巣市)に埋葬された。のち勝願寺・正覚寺・芳泉寺(長野県上田市)に分骨。芳泉寺の霊廟は信之が松代藩に移封の際、松代の大英寺に移築。

真田信幸(信之)と本多平八郎忠勝の娘、正室小松姫
弟真田信繁(幸村)と違って地味な印象がある真田信幸(信之)。しかし関ヶ原の戦い、大坂の陣を乗り越え真田家を残すのは真田信幸(信之)である。そして信幸(信之)の真田家は幕末まで残り、明治維新をむかえる。その血筋は現在まで残る。信幸(信之)の正室は本多平八郎忠勝の娘、小松姫である。この二人に焦点をあてて記事投稿をします。
本多平八郎忠勝。小松姫の実父であり、徳川四天王、徳川十六神将
徳川四天王、徳川十六神将である本多平八郎忠勝。上総大多喜藩主、伊勢桑名藩主。官位は従五位下・中務大輔。豪将であり義の人というイメージです。真田昌幸、信繁(幸村)の助命があるからだと思います。生涯57回の戦で一度も負けなかったが、死の数日前、小刀で手元が狂って左手にかすり傷を負ってしまったことは有名である。

  • 1860年(万延元年)、正覚寺山門が建造。
  • 1866年(慶応2年)、火災により堂宇(どうう)が焼失。
  • 1873年(明治6年)、本堂が再建。

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画像は正覚寺のコウヤマキ。沼田市指定重要文化財。

  • 1976年(昭和51年)、小松姫(大蓮院殿)の霊屋と墓・コウヤマキが沼田市指定重要文化財に指定。
  • 1994年(平成6年)、絹本著色地蔵十王図が群馬県指定文化財に指定。
  • 2001年(平成13年)、正覚寺山門が沼田市指定重要文化財に指定。

絹本著色地蔵十王図は1461年(寛正2年)作。小松姫が正覚寺へ寄進したと伝わる。

小松姫(大蓮院殿)の墓

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1620(元和6年)、小松姫は病にかかり江戸から草津温泉へ湯治に向かう途中、武蔵鴻巣で亡くなる。

小松姫(稲姫・小松殿)。真田信幸(信之)の正室、父は本多平八郎忠勝
本多平八郎忠勝の娘からか、「薙刀」を持った逸話からか、気丈なイメージがある小松姫。真田信幸(信之)との夫婦仲は良かったようです。信幸(信之)とは仲々子供ができなかったようで、信幸(信之)に側室をすすめています。真田家には徳川家康の養女として嫁いでます。小松姫といえば沼田城での薙刀で武装している姿ですが・・・。

小松姫は、鴻巣で火葬、勝願寺(埼玉県鴻巣市)に埋葬された。

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小松姫の戒名は「大蓮院殿英誉皓月大禅定尼」

  • 勝願寺(埼玉県鴻巣市)
  • 正覚寺(群馬県沼田市)
  • 芳泉寺(長野県上田市)

に分骨。

勝願寺。小松姫・仙石秀久の墓、三つ葉葵を許される。鴻巣市本町
埼玉県鴻巣市本町の勝願寺。宗派は浄土宗。浄土宗の関東十八檀林の1つ。徳川家康から「三つ葉葵」の使用を許されている。二世住職・円誉不残上人は後陽成天皇から、僧としては最高位の「紫衣」を与えられた。真田家・仙石家・丹後田辺城主・牧野家の墓所がある寺院としても有名。

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画像は正覚寺の蔵。

真田丸で稲(小松姫)を演じる吉田羊さんが出演した放送回の「鶴瓶の家族に乾杯」で紹介された蔵であると思う。

小松姫の輿入れ道具・桐紋入りの豊臣家からの重箱・三つ葉葵が入った輿が保管されているのは、この蔵ではないかと。

そう思うと感慨深いものがあります・・・。

正覚寺山門

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正覚寺の山門は入母屋造平入、銅瓦葺の一間一戸の四脚門で、平面規模は正面3.373メートル、側面3.370メートルです。

1860年(万延元年)建造と伝えられ、建物全体がケヤキの素木造となっている。

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正面には千鳥破風を付け向唐破風とし、虹梁唐草絵様、木鼻、台輪や虹梁上部・妻飾などに見事な彫刻が施されています。

彫刻は新田郡山之神村(現在の太田市藪塚本町)の豊琳斎(岸亦八)の作。

正覚寺の所在地および交通アクセス

正覚寺の所在地。

  • 住所:群馬県沼田市鍛冶町938
  • TEL:0278-22-2959
  • 宗派:浄土宗

正覚寺山門脇から車で進入。山門奥が駐車場となっています。

丸に立ち葵

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画像は正覚寺の本堂。

小松姫の実家である本多家の家紋である「丸に立ち葵」

ちょっと待てよ。管理人の記憶が確かなら、本多家の家紋であるならば右側が離れているはず。本堂の「丸に立ち葵」は、画像でも確認できるように左側が離れている。

でも蔵にある「丸に立ち葵」は、右側が離れている。

これは何だろう??何か意味があるのだろうか???

管理人の戯れ言であるが、書き留めておく。

大いに疑問を残し、管理人は正覚寺をあとにした・・・。

とんかつトミタ

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昼食は「とんかつトミタ」でとんかつを食する。

沼田に行ったら、どうしても行きたい店だった。

理由は「ブラタモリ」で紹介されたからである。

座席は河岸段丘を一望できる座敷にした。窓ガラス越しになるので、店内からの河岸段丘の撮影は断念。

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注文したのは「ロースカツ定食」だったと思う。たぶん・・・(笑)。

管理人には満足の味でした!

河岸段丘

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「ブラタモリ」番組内でも紹介されたが、沼田は日本一の河岸段丘の街。

多くの教科書にも登場しているようだが、管理人はまったく記憶に無い。

理科系の教科書なのだろうが、管理人は理科が苦手であった。

だから記憶に無いのだと思う(笑)。

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画像は河岸段丘を撮影。撮影場所は「とんかつトミタ」から少し離れました。

営業時間および交通アクセス

営業時間などを記述。

  • 住所:群馬県沼田市下久屋町767-7
  • TEL:0278-23-3664
  • 営業時間:11:00〜21:00
  • 定休日:毎週水曜日。12月31日~1月3日

交通アクセスなどを記述。

  • JR上越線-沼田駅(5.8km)
  • 関越交通-上毛高原駅-丸沼高原スキー場-浄水場-徒歩1分(48m)
  • 関越交通-上毛高原駅-丸沼高原スキー場-下久屋原-徒歩5分(340m)
  • 関越自動車道新潟線-沼田IC-車で5分(1.7km)
  • 関越自動車道新潟線-昭和IC-車で13分(5.1km)
  • 関越自動車道新潟線-月夜野IC-車で19分(7.4km)

正覚寺。大蓮院殿(小松姫)の墓、鈴木主水が境内で自刃。沼田市鍛冶町,画像15

この看板が目印、日本ロマンチック街道沿い。駐車場のスペースはかなりあります。

沼田市近辺の史跡

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沼田城址公園。沼田領帰属問題の原因。真田信之により五層の大天守
交通の要所である沼田城を巡って戦いが繰り返された。天正壬午の乱を経て、沼田領帰属問題が発生。第一次上田合戦と後北条氏の数回の攻撃を真田家は撃退。秀吉の裁定により沼田城は後北条氏が支配する。しかし名胡桃城事件により、小田原征伐。後北条氏は滅亡。そう思うと、なんだかすごい城のように思えてきた・・・。
名胡桃城址。沼田城の支城、歴史を変えた名胡桃城事件。小田原征伐に
行ってみるとよくわかりますが名胡桃城は、両側が切り立った天然の要害である。城郭構造は連郭式の山城。廃城となった後、ほとんど改変を受けていないため、築城当時の遺構が比較的良好に残されている。山城と行っても登山するわけではない。駐車場からはほぼ平城の感覚で見学が可能。名胡桃城といえば「名胡桃城事件」として有名である。

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まとめ

別に小松姫を追ったわけではないが、小松姫の墓は、勝願寺に続いて二箇所目。

おごそかな気持ちで手を合わせました。

小松姫の墓は、もとより山門にビックリ。いや~感動しました!

こうなると真田の本拠地である長野県上田市・芳泉寺、長野県長野市松代町松代・大英寺にも行ってみたいです・・・。

それでは感謝の気持ちでしめます。いつもありがとうございます・・・。by aki(@aoplanning_com)

お読みくださってありがとうございました。それでは。

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