【真田丸】キリシタンの大工・吉蔵~フランシスコ吉、最期は?

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大河ドラマ「真田丸」第29話「異変」で登場したキリシタンの大工・吉蔵についての記事投稿。大工・吉蔵を演じているのは水橋研二。モデルはフランシスコ吉。二十六聖人のひとりであり、最期は「日本二十六聖人殉教」といわれる。

こんにちは、こんばんは、はじめまして、毎度です(笑)。aoplanning.comの管理人aki(@aoplanning_com)です。

キリシタンの大工・吉蔵のモデルであるフランシスコ吉についての記事投稿です。

それではいってみよう!

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キリシタンの大工・吉蔵

大河ドラマ「真田丸」第29話「異変」でキリシタンの大工・吉蔵が登場した。演じているのは水橋研二。

きり(長澤まさみ)は北政所の侍女・わくさ(円城寺あや)から、大工の吉蔵(水橋研二)に会い、あるものを受け取り、それを細川ガラシャ(橋本マナミ)に届けて欲しいと頼まれた。

きり(長澤まさみ)は伏見城の普請場で台座のついた十字架を大工の吉蔵(水橋研二)から受け取り、頼まれたとおり細川ガラシャ(橋本マナミ)に届けた。

キリシタンの大工・吉蔵の登場シーンである。台座の裏には「ふらんしすこ」の文字が、自分でもフランシスコ・吉蔵と名乗っている。

この「フランシスコ・吉蔵」。モデルは二十六聖人のひとり、「フランシスコ吉(きち)」だ。

真田信繁(幸村)の側室、高梨内記の娘。真田丸では「きり」
真田信繁(幸村)の側室で高梨内記の娘。真田丸では「きり」という名前で長澤まさみが演じていると言ったほうがわかるでしょう。信繁(幸村)との間には、次女・於市、三女・阿梅(片倉重長後室)をもうけています。九度山にも同行している。阿梅は片倉小十郎重長の後室になり、信繁(幸村)の次男・大八も片倉家に養育されたといわれています。
高台院(北政所)。豊臣秀吉の正室、後陽成天皇より従一位を賜る
高台院(北政所)。諱には諸説あり、「ねね」とされることが多いが「おね」「祢(ね)」「寧(ねい)」という表記もある。「寧」「寧子」「子為(ねい)」などと記されている事から「ねい」説もある。位記には「豊臣吉子」の表記もある。法名は高台院湖月心公。豊臣秀吉の正室。兄は木下家定、甥に小早川秀秋がいる。
小西ワクサ。洗礼名はマグダレーナ(マグダレナ)、真田丸では「わくさ」
小西ワクサ。洗礼名はマグダレーナ(マグダレナ)。小西隆佐の正室であり、小西行長の母。夫・隆佐が秀吉に仕えたことから、ワクサも豊臣秀吉の正室・北政所に仕え侍女となる。真田丸では「わくさ」として女優・円城寺あやが演じる。
細川ガラシャ。父は明智光秀、細川忠興の正室。最期は壮絶
細川ガラシャはキリスト教信徒(キリシタン)として有名。父は明智光秀、細川忠興の正室。本能寺の変後、しばらく幽閉されていたことも有名である。しかし細川ガラシャといえば、やはり壮絶な最期ではないだろうか。美談として語られることが多く、いろいろな題材として取り上げられている。最期については、当時の書物で書かれ方が違う。
「真田丸」第29話「異変」感想。薫の出自~慶長伏見地震
関白・豊臣秀次は世を去った。秀次の最期は新説を採用した。新納慎也(にいろしんや)演じる秀次公には涙した・・・。秀次を失った豊臣家。太閤・豊臣秀吉は寝ている時、粗相をしてしまった。秀吉は自分の死期が近いことを悟る。小日向文世さん演じる秀吉の老いの演技が光る!
「真田丸」第30話「黄昏」感想。主計頭・加藤清正の号泣に感動
第30話「黄昏」は歴史的イベント・事件をこれでもかというくらいに詰め込んだ。少々詰め込み過ぎの感はあるのだが、神回とも思える放送回になった。拾(秀頼)を元服させ、体裁を整えようとするが、いかんせん幼すぎる。太閤・豊臣秀吉を演じる小日向文世さんの演技が、豊臣家の黄昏を連想させる・・・。

フランシスコ吉

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フランシスコ吉の最期は壮絶である・・・。

フランシスコ吉(きち)。伊勢国の出身。京都で大工をしていた。伊勢国に未信者の妻がいた。

スペイン人でフランシスコ会の指導者であったペドロ・バプチスタ神父より受洗。受洗の時期は、殉教から9か月前。

エメ・ヴィリヨンの「日本聖人鮮血遺書」によれば、秀吉の命により死刑に処されることになった24人が京都から長崎まで連行される途上、枝川の橋の西詰めの榎の大木がある茶店(現在の兵庫県西宮市甲子園五番町付近)で休息していた。

フランシスコ吉は紺色の木綿の綿入れに脚絆という姿で駆けつけ、自ら囚人として刑死することを進み出て、捕縛されたといわれる。

長崎・西坂の刑場で吉の十字架は一番目であった。神父の一人に告解して伊勢国にいる妻を信者にするようにと願った。

十字架上でイエス・キリストと聖母マリアの名を唱えながら、槍で脇腹を刺突されて殉教。

「日本二十六聖人殉教」といわれる。

日本二十六聖人

フランシスコ吉と西宮でペトロ助四郎が一行に加わり、一行は26人となる。「日本二十六聖人」といわれる。

日本二十六聖人殉教については、記事投稿してるので、よろしければ参考にしてみてください。

サン・フェリペ号事件~日本二十六聖人殉教、秀吉による信徒への弾圧
サン・フェリペ号事件と日本二十六聖人殉教事件について。日本二十六聖人殉教事件は太閤・豊臣秀吉が唯一行ったキリスト教徒への直接的迫害である。豊臣秀次事件の直後に起きた事件であり、対明外交、イエズス会とフランシスコ会の対立などが関係して複雑化している。日本二十六聖人殉教事件はサン・フェリペ号事件の直後に起きている。

参考サイト

参考サイトは以下のとおりです。本当にありがとうございました。

フランシスコ吉 – Wikipedia

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関連記事リンクをまとめてみました。よろしかったらご利用ください。

2016年大河ドラマ「真田丸」レビュー記事

1985年新大型時代劇「真田太平記」レビュー記事

まとめ

真田丸で登場したキリシタンの大工・吉蔵ことフランシスコ吉を取り上げてみました。

真田丸は、きめ細かいですね~。でもこの細かさ好きです!

それでは感謝の気持ちでしめます。いつもありがとうございます・・・。by aki(@aoplanning_com)

お読みくださってありがとうございました。それでは。

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